スタッフブログだから、本来なら若い諸君がここでいろいろな思いとかを書いてもらうと有難いのだが、普段から何かを書いていないとすぐには何もかけない。それくらい、書くということは特別なことである。

そういえばここ数年来、今までに無かった特別なことが起きている。
新大工町商店街での打ち水が2年連続で中止となったことだ。

行いが悪いとか、たまたまでしょとか、そういう話ではなくて、長崎打ち水大作戦のジンクスでもある「雨が降りにくい」ことが、どうも嘘っぱちにになってきたのである。

いや、誰もジンクスだなんて思っていないのだが、そう強気に信じる気持ちが、だんだん折れ始めたというのが正解。

それくらい、中立的な立場で見ても、この地球(ほし)が今までにない特別な感じになってきたのは、まぎれもない事実として受け止めざるを得なくなった。

長崎県も、温暖化を食い止めるという方策と同時に、これから変わってしまう気候を前提にして生きる道を模索する方策も取り入れるようになった。問題は、どっちの割合で人々は生きていけばいいのか、誰がそれを決めるのかということである。

雨が降れば豪雨だし、降らなきゃとてつもなく熱い。
大気中の水蒸気量が増えているから、というのが理にかなっている。その量を決めるのは温度。
やっぱり上がっているのかもしれない。
そろそろ、そんな環境に置かれていることを受け入れる時が来たのかもしれない。

だからって、エネルギーを無駄に使ってイイなんて思わないし、長崎打ち水大作戦もそういうスタンスじゃない。
これからはスマートにエコを実践していく姿がカッコイイと、まさにそんな時代になるのかもしれない。

ペンギンも大事だし、シロクマも大変だろう。
それ以上に、人間も大変なことに気づきはじめているから、きっと何か良いアイディアが浮かぶだろうと、そんな前向きな夢を見て、人の少ない都会のお盆をのんびりと過ごす1日であった。